『たかが世界の終わり』 初ドラン、正直しんどい。

『たかが世界の終わり』(2016)カナダ=フランス
原題/Juste la fin du monde
監督/グザヴィエ・ドラン
出演/ギャスパー・ウリエル ヴァンサン・カッセル マリオン・コティヤール レア・セドゥ ナタリー・バイ


たかが世界の終わり



若手作家のルイは不治の病で死期が近いことを家族に知らせるため長く疎遠にしていた故郷へ帰省するが……。



『Mommy』『わたしはロランス』等で高い評価を受けるカナダの若手監督グザヴィエ・ドランの新作。
第69回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した本作は、舞台劇『まさに世界の終り』を原作とした、ある家族の会話劇。



映画はギャスパー・ウリエル演じるルイのモノローグで始まります。
不治の病に侵され死期が近いルイはそれを家族に伝えるため12年振りに実家に戻る事に。
帰省は彼にとってある種苦痛である事が陰々滅々と語られます。


たかが世界の終わり
本当は帰省したくなかったルイ。


舞台は一転、ルイを出迎える家族たち。
久々に息子に会える事でうきうきとする母(ナタリー・バイ)。
生意気盛りの末っ子のシュザンヌ(レア・セドゥ)はそんな母に偉そうに口答えをする。
何が気に食わないのか不機嫌な兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)が始終カリカリと皆に噛みつき、そんな夫の様子をおろおろと窺う妻のカトリーヌ(マリオン・コティヤール)


たかが世界の終わり
なかなか話を切り出せないルイ


家族と久しぶりに再会したルイはリビングに通され皆の会話に受け答えをしながら、病気の話を切りだすタイミングを計るものの、なかなか言い出せないまま日曜のランチが始まり……。



今回わたくし初ドラン。
天才と称賛される彼の作風はどんなものか、全く予備知識無しで鑑賞しました。
原作が舞台劇だけあって、とにかく会話、会話、濃厚な会話で映画が進む
役者の演技が堪能できるので会話劇は好き。
しかし本作は会話の内容が、ちょっと何というか、普段から彼らはこんな感じで生活してんのか?と……。


たかが世界の終わり
KY気味な母がルイに求めるものは?


まず母ナタリーはかなりマイペースで、12年ぶりに息子が帰って来たためテンション上がりまくり。
とにかく人の話を聞かずガンガン喋る。
第三者だと明るいお母さんでいーじゃない、かもしれないが、ちょっとかなりうざい。


たかが世界の終わり
反抗期真っ只中? 生意気な妹


末っ子のシュザンヌは12年前に出て行ったルイの事をあまり知らずとにかく憧れに似た感情を持っています。
しかし生意気盛りの反抗期なのか、母ナタリーに結構な暴言を吐く。怒鳴り、口答えをする態度が観ていてイラっとする。


たかが世界の終わり
感じ悪いにも程があるアントワーヌ


そして極め付けが、長兄のアントワーヌ。
こいつが輪をかけて態度が悪い。
皆の会話にことごとく皮肉や暴言を吐き、会話を遮り、雰囲気を壊し白けさせ、ホントなんだコイツは?と正直辟易します。


たかが世界の終わり
ちょっ、マジで黙れ。


妻のカトリーヌが一人皆に気を使い、夫の態度にオロオロし、初対面のルイ(兄の結婚式さえ欠席している!)と親しくなろうと会話するのに、それさえもアントワーヌは横から話の腰を折り、場をぶち壊す。
ちょっとホント映画なんだけどうんざりしちゃって、何でこんな不愉快な家族喧嘩を観ないといけないのかとチラッと途中退場を考えてしまった程。


たかが世界の終わり
モラハラ、DVに近いアントワーヌの仕打ちに耐える。


しかし、ぎゃあぎゃあ言い合いをし、揉めてたくせに、ちょっと時間が経つと「ランチよ~」との母の声に応えテラスで日曜の家族ランチが始まったりするんです。


たかが世界の終わり
さっきまでぎゃんすか言ってたのに……


うん、そうだそうだ、家族ってそんなもんだ。
声を荒げて喧嘩をしても、暫らく経つと普通に喋って笑ったりする(場合によるけれど)。
そんな事を考えながら前半のイライラを乗り切る。


そう、わたし的にかなり修行映画だったのですよ。
人が声を荒げるのって誰でも嫌なもんでしょ。特にわたしは男性が怒鳴るのが苦手。映画と分かっていても怖いし不愉快。
それがほぼほぼ全編に渡り続くってかなりの苦行。
なんだこの地雷な映画。


たかが世界の終わり
過去の想い出が次々甦る


ルイはゲイで、彼が家を出て戻らなかった理由がそこにあるような臭わせかたをしています。
ルイの昔の恋人が癌で亡くなった事をアントワーヌがついでのように伝えるのですが、何か含みを感じる。
癌ではなくHIVだったのかも。
ルイの病気もHIVに起因するものなのかもしれませんが、どれもこれも臭わすのみなので、行間を読み取るしかない。
ドランが語りたい事にそれらは特に重要ではないという事なのでしょうか。

たとえ家族でも合う合わないがあって、必ず分かり合えるとは限らないという事を言いたいのか。
まあそれはあるだろう。うん。
それに家族や恋人、友人、近しい人が居ても、人は死ぬときは独りになってしまう。そうも言いたいのか。
孤独感からは逃れられないものだという事を言いたいのか。

会話、会話、怒鳴り合い、喧嘩、それらが顔面どアップの映像でがんがん迫りくる圧迫感。
下手したら、過去自分が家族と喧嘩したりモメた時のイライラ、腹立ちがフラッシュバックしかねない。
『八月の家族たち』も似た題材で、毒舌家族の喧嘩にうんざりしながら観たけれど、息抜きの笑いが用意されていたしそこまで苦痛がなかった。
ベネちゃんのピアノ演奏ラブリーだったしね。

しかし本作は救いがない。
息苦しくて、ちょっといつまでこれ我慢しないといけないの?
辛い、しんどい~~……と。
でも、その感覚こそがルイの心情なのか!と気づいたとき、
「あ、映画に取り込まれてるんだ」と思った。
初ドラン、正直二度観たいと思わない。
でも記憶に残る作品でした。


たかが世界の終わり
せめて目の保養。タイプじゃないがwww

ギャスパー・ウリエルの憂いのある美しい顔は福眼。
暗いけど。
静かな演技も良かった。
マリオン・コティヤールの健気が服着てるみたいなカトリーヌの演技もさすがだし、レア・セドゥのシュザンヌはとにかく生意気さ爆発でこんな娘大嫌い!と思うのはそれだけキャラに血が通ってるってことか。


しかし何が一番刺さったかって、ハシビロコウみたいな顔したヴァンサン・カッセルの演技。
家族を押し付けられたと感じているアントワーヌはどうしてもルイを許す事が出来ない。
食事をしても、ドライブに出ても、二人で喋っても、最後の最後まで優しく対応できない。
彼の態度は観てて本当にイライラする。
クソむかつく。
なのに彼が弟を愛しているのは痛いほど伝わる。
母のセリフ「理解はできない。でも愛している」を、これほど演技で見せつけられたらもう何も言う事はございません。
ヴァンサン・カッセルやっぱ上手いわ。
だてに尖がった鼻してないわ。


たかが世界の終わり
一緒に胸が張り裂けそうになったよ。


白状すると鑑賞後は、かなり胸糞だったんですが、この日は天使ファスの『アサシン・クリード』の舞台挨拶の日で!
スマホにドカドカ落ちるファス情報で頭ぱーーーーんなって家に帰った頃は映画の胸糞感想飛んじゃってwww


20170222225030f04.jpg
ありがとーファスありがとー!!


でも数日経って、またじわじわと蘇ってるんですよね。
普通こういう事ってそうそう無い。
ドラン……恐ろしい子……。
好き嫌いは別としてやはり衝撃的だってことですね。
過去作観てみようと思ってます ハイ。
ではまた、さらば。
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